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長寿恩恵社会は人を勇気づける

先日、花巻氏のとある場所で音楽仲間と会食をしました。その時、年齢の話になり「私はまだ前期高齢者になっていませんよ」と言ったら、「そんなのもうすぐ来るよ」と笑われました。確かに。歳をとると何と時の過ぎゆくのが速いのでしょう。

しかし、最近70代80代の人たちを見ているととても元気なんですね。そのような人たちを見ていると、私も楽しく生きていこうという精気がみなぎってくる気がします。

2年前の5月の話になりますが、私は「花巻市シニア大学同窓学院」という場で講演をしたことがあります。シニア大学同窓学院とは、60歳以降、花巻市シニア大学で12年間学んだ同窓生の方々の集まりです。メンバーは60人ほどですが、最も若い方で72歳、最高齢の方は92歳です。このような高齢の皆様方でしたが、私は彼らからとても大きなパワーをいただいたように思いました。そのことを以下に記しておきたいと思います。



あなたならどんなアドバイスをする?

私は「高齢化社会から長寿恩恵型社会へ」という演題で、リンダグラットンの「Life Shift」の内容を中心に100年ライフをどのように幸せなものにしていくかという話をしました。

最初に私から、「長寿先進国としての日本」「長寿社会とライフステージの変遷」「長寿を楽しく生きるために」という3つのテーマで50分ほど話をして、その後、2つのワークを行いました。最初のワークは自分の進路に疑問を抱く高校生や、定年退職後の人生設計に悩む会社員に対して「あなたならどんなアドバイスをする?」というものです。

日本が世界に先駆けて、より良い長寿化社会を実現するには、遅れて長寿者になる今の若者たちが、現在の「長寿先進者」から学ぶ必要があります。その「長寿先進者」とは、今も学び続けている高齢者、まさに、今回こちらに集まった同窓学院のメンバーの方々であります。

最初のワークでは、以下の様な5つのケースから1つを選んでもらい、どんなアドバイスをするか考えていただきました。何人かの方に発表してしただいたので、その中からいくつか紹介したいと思います。

 

ケース①

<アドバイス1>

まずは1週間休みなさい。そして職場がどうなっているか観察してみては?何人もの人たちがあなたの穴を埋めるために協力して仕事をしていることでしょう。世の中は1人ではまわらないのです。皆が支え合って仕事が進んでいくことに気づいて欲しいと思います。

<アドバイス2>

私も昔は仕事も家庭のこともスーパーマンのように何でもやって、自分がいなければ職場はまわらないと思っていた時期がありました。ところがあるとき病気をしてしまい、しばらく仕事を休むことになりました。すると、私がいなくても職場はちゃんとまわっていることに気づきました。私は病気をして休むことによって、「自分、自分」という自らの視野の狭さに気づき、その後の生き方が変わりました。

ケース②

<アドバイス>

あなたの考えはとてもよくわかります。それはいいことだと私も思います。でも、私は「もったいないなあ」とも思います。

あなたにはもっともっと楽しく充実した人生を送る可能性があるのに、それを最初から狭めてしまうことに対して「もったいない」と思うのです。私はあなたにたくさんの本を読んでもらいたいと提案します。

それが、あなたの視野を広げ、新しい自分を見つけるきっかけになるかもしれません。

ケース③

<アドバイス①>

仕事から解放されるということは、仕事で認められることや、人間とのつながりも同時になくなるということです。庭いじりはいくら手入れしてもほめてくれる人がいなければ自己満足。

一人旅も共感する人がいなければつまらない。人とのつながりのある会や、地域に出なさい。そして新しいことを学びなさい。努力した後の喜びは現役も退職後も同じです。

 

<アドバイス②>

定年になってから何をするのかを考えるのではなく、定年する前から始めておかなければ何事も続けられないと思います。私は水泳と踊りを始めて、今でも続いています。また、地域の花壇を作る活動は社会の役に立つという実感も持てて、やりがいを感じています。

ケース④

<アドバイス①>

私が今思っているのは、きっともうじき夫とも死別し一人になってしまうときが来るだろうということです。そのとき寂しくならないように、今、いろんな会に参加することで新たな仲間をつくっています。お金を稼ぐことも大切ですが、働くことで新しい人間関係をつくるという得難い経験を積むことができることも考えておくと良いと思います。

<アドバイス②>

失敗を恐れないで勇気をもって新しいことに前向きに歩んでください。そして楽しむことも大切だと思います。私は今92歳ですが、「引っ込み事案にならない」ことをモットーに今もいろいろなことにチャレンジしています。

ケース⑤

<アドバイス>

人でなければできない仕事、人であればこそできる仕事もあるはずです。それを時間をかけて見つけてみては?

あなたにはたくさんの時間があるのです。

いやあ、素晴らしい。さすが長寿先進者ならではのアドバイスの数々に感心しまくりでした。


私の無形資産マップを作ろう

二つ目のワークは、「私の無形資産マップを作ろう」というものです。リンダグラットンは、著書「Life Shift」の中で、無形資産について次のようにまとめています。

 

①長寿がもたらす恩恵は、お金や仕事という目に見える資産ではなく無形の資産である。

②無形の資産とは家族・友人などの人的資産、高度なスキルなどの知識資産などがある。

③無形資産はそれ自体価値があるとともに、有形の資産の形成の後押しをする。

④無形の資産はメンテナンスしないと消える。

⑤無形資産は購入できない。

⑥無形の資産こそ、よい人生を生きる鍵になる。

 

私は、無形資産を

Ⅰ 生産性資産(スキル・知識・学び・特技)

Ⅱ 人的資産(家族・友人・コミュニティ)

Ⅲ 経験資産(自分を変えた経験・遊び・旅・趣味)

と分類して、次のようなマップを考えてみました。

このシートに無形資産をマッピングすることで、自分のこれまでの人生を振り返っていただきました。

では、ある男性から、話していただいた内容を紹介します。

 

まず、私は食品会社で食品の製造を通して40年間品質管理や衛生管理を行ってきました。これは私のスキルと知識であるとともに、人的資産でもあります。

また、退職後、これまで花巻シニア大学2年、大学院6年、修学院4年の計12年間の学びは、Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの3つの資産にまたがる

貴重で誇れる財産です。また、体力作りとしてグランドゴルフ、脳トレとして将棋を続けていますが、これは経験資産であるとともに、人的資産でもあります。

更に、地域の一斉清掃への参加、資源回収、共同募金などの活動は、地域コミュニティへの貢献という大切な無形資産です。

本当にシニアの皆さんのパワーとアクティブな姿勢に圧倒されました。私はこの講演を行う前に、スライドを準備しながら、果たして自分はこのような大先輩を前にして話をすることができるのだろうか、という不安を抱いていました。でも、まあ、くよくよせず、大先輩方をリスペクトしつつ、「やってやろう精神」を持って、ありのままの自分で臨めば何とかなるっ!という「幸せ4因子」を自分に言い聞かせて臨みました。

 

始まってみたら、皆さんの反応の良さ、温かさに支えられ、本当に楽しい90分間を過ごすことができました。最後にプログラムディレクターの佐々木さんから、今回の講演は「シニア大学」がやっていることの本質を分かりやすい言葉で理論化してくれたとの言葉をいただきました。そして講演後もたくさんの方が集まって、身に余る感想の言葉をいただきました。

講演後にいただいた言葉

この講演後、花巻シニア同窓学院プログラムディレクターの佐々木さんから、以下のような講演のお礼状をいただきました。


このたびは同窓学院5月講座において、たいへん有益なご講話をいただき、院生一同こころから感銘をふかくいたしました。

これまでも人生百年時代をテーマに学習を深めてまいりましたが、今回の先生のおはなしほど、コンテンツが豊富でクオリティの高いおはなしは初めてのような気がします。

人生百年ライフのイメージはなんとなくぼんやりと想像できるのですが、先生のおはなしをお聴きして、そのばくとした世界に

ひとすじの光明をみる思いがいたしました。ジグソーパズルではないが、一つひとつのパーツをあてはめていくことによって、人生百年時代の全体像がフェードインされてくる。そんなたしかな説得力がありました。これぞ下町メソッドならぬ“しもまっちマジック”か。巧妙なプレゼンスキルには、ほとほと脱帽するばかりでした。

さて、2011年5月、東日本大震災の年にたちあげたのが「シニア同窓学院」です。12年間のシニア大学ライフを経験した学生たちにとって、卒業したあとも、なんらかのまなびのステージがほしい。そこで生涯現役で健康長寿をねがう卒業生有志が、一念発起して創設したのが当学院でした。12年間の生涯学習活動によって、かれらはまなびの主体者としてのゆたかな力量をたくわえ、同窓学院という自主自立の草の根学習集団を誕生させたのでした。その時点ですでに院生たちの平均年齢は75歳後半。まさに人生後半にさしかかった「長寿先進者」たちの百年ライフへの挑戦ともいえましょうか。

 

花巻市はまだ「百年ライフの生涯学習行政ビジョン」を描けないでいますが、実態はすでに事実の方が先行しているように思います。人生後半にこそほんとうのまなびの醍醐味があるように思います。そんなかれらにとってのまなびとはなにか。それはいってみれば、To have(知識・技術・資格などを得る)というより、To be(いかにあるべきか)という自己実現や価値観の創出です。

先生のこのたびのおはなしの論旨は、まさに後者の部分にウェイトがおかれているように理解をいたしました。それは視点をかえると、同窓学院の存在意義ともかさなり、その意義をわかりやすく理論化していただいたと、勝手に読み替えてお聴きをいたしました。受講者のみなさんも、あらためて同窓学院にまなぶ意味をかみしめたのではないでしょうか。

 

むすびとなりましたが、このたびのご縁に深く感謝を申し上げるとともに、今後も当学院の道しるべとなるようなご助言をいただければ、まことにうれしく思います。先生のますますのご活躍とご健勝をこころからご祈念申し上げ、措辞ながらお礼のごあいさつとさせていただきます。


過分なお褒めの言葉に恐縮するとともに、そこに書かれているシニア同窓学院への熱い思いと、その活動理念に魂が揺さぶられる思いをしました。佐々木さんの「人生後半にこそほんとうのまなびの醍醐味がある」という言葉に勇気づけられ、また、私の話と同窓学院の存在意義を「To have(知識・技術・資格など)よりTo be(いかにあるべきか)という自己創出」とまとめられたことに強いシンパシーを覚えました。

今回の私の講演は「Life Shift」の内容を踏まえたものですが、そこの根っ子にあるのはOECDやユネスコの教育理念でもあると私は考えています。長くなりますが、その部分を少しまとめておきます。

ユネスコの理念など

1945年に設立されたユネスコは、その目的をユネスコ憲章第1条に次のように掲げています。

 

「世界の諸人民に対して人種、性、言語又は宗教の差別なく確認している正義、法の支配、人権及び基本的自由に対する普遍的な尊重を助長するために教育、科学及び文化を通じて諸国民の間の協力を促進することによつて、平和及び安全に貢献することである。」

 

また、1994年にOECDは、PISA調査の開始に先立って、第44回国際教育会議で次のような宣言文を採択しました。

 

「教育政策は、個人の違い、人種的・社会的・文化的・宗教的な違い、及び主権国家の違いについて、理解、連帯責任、寛容さを発展させるために貢献しなければならないことを確信した。教育は、知識、価値、態度、技能を人権を尊重するような方向へ、また人権を守り平和と民主主義の文化を創造するような方向へ促進していかなければならないことを確信した。」

 

そして、それを受ける形で、1996年のユネスコ「21世紀教育国際委員会」の報告書「学習:秘められた宝」に次の4つの言葉が記されています。

 

「Learning to know」

十分に幅の広い一般教養をもち、特定の課題については、深く学習する機会を得ながら「知ることを学ぶ

「Learning to do」

多様な状況に対処し、他者と共に働く能力を涵養するために。

「Learning to live together」

一つの目的のために、共に働き、人間関係の反目をいかに解決するかを学びながら、多様性の価値と相互理解と平和の精神に基づいて、他者を理解し、相互依存を評価すること。

「Learning to be」

個人の人格をいっそう発達させ、自律心、判断力、責任感をもってことに当たることができるよう、「人間としていかに生きるかを学ぶ」。

 

更に、ヨハネスブルク国連地球サミットで日本が提唱したESDの理念もあげておきたいと思います。

 

■ 育みたい「能力」

○自分で感じ、考える力

○問題の本質を見抜く力/批判する思考力

○気持ちや考えを表現する力

○多様な価値観をみとめ、尊重する力

○他者と協力してものごとを進める力

○具体的な解決方法を生み出す力

○自分が望む社会を思い描く力

○地域や国、地球の環境容量を理解する力

○みずから実践する力

 

■ 学びの「方法」

●参加体験型の手法が活かされている

●現実的課題に実践的に取組んでいる

●継続的な学びのプロセスがある

●多様な立場・世代の人びとと学べる

●学習者の主体性を尊重する

●人や地域の可能性を最大限に活かしている

●関わる人が互いに学び合える

●ただ一つの正解をあらかじめ用意しない

 

このような流れから、日本では、1996年に中教審が「生きる力」と「ゆとり」を柱とする答申を行い、2002年の学習指導要領改訂につながるわけです。(しかし、その後、PISAショックなどを経て、教育再生会議が始動し、脱ゆとりに向かうわけですが)

 

長くなりましたが、これらのことは、今回の講演の中で語った、私の「学び」についてのバックボーンの一つであります。

このような文脈からアクティブラーニングを捉えたとき、それは新奇的なものではなく、むしろ学びの本質に回帰するものだと

私は考えます。

さて、私のそんな思いを、佐々木さんは鋭く分析され共感していただいたこと、まさに講演者冥利であります。「自主自立の草の根学習集団」であるシニア同窓学院に、私は学び続ける勇者としての誇りを感じました。ありがとうございます。