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名刺を利用した空間座標の導入

東日本大震災のあった2011年から2年間、私は県の学力・授業力向上担当の指導主事をつとめておりました。その時、「数学的活動を重視した授業」の提案もしていて、私がこれまで行ってきた実践事例を先生方に紹介しておりました。その中から今回は、名刺を利用した空間座標の導入についての話をまとめてみたいと思います。


活動の内容

3枚の名刺にL字型の切れ目を入れます。それを3枚用意し、下図のように組み合わせて空間座標のモデルを作成します。そして、それを活用して空間座標に関するいくつかの問題を考えるという内容です。

活動の目的

目的は次の3つです

1 概念の理解を深める

 数学の問題は、しばしば意味や図形的イメージを捨て去っても代数計算などの手法で解くことができます(俗にこれを「頭ではなく手の運動で解く」などといいます)。先人たちが築き上げてきた様々な公式や解法を引き継いでいくということでもあるので、これは数学の良さの一つだと思います。でも、問題の意味を問うことや、教具などを用いてイメージ化することで概念の理解はより確かなものになると考えられます。

空間図形はイメージ化が難しい教材ですが、シンプルな素材で空間座標のハンズオンモデルを作り視覚化することで、概念の理解を深めることができるのではないでしょうか。

 

2 数学的な見方・考え方が質的に高まる

 生徒自らが試行錯誤しながら作成する中で、様々な工夫や考えることの楽しさを経験できるのではないかと思われます。そして、完成時には、驚きや感動を味わうことになるでしょう。また活動の過程において、点・直線・平面の結合関係などを指導者が示すことによって、知識・技能、数学的な見方や考え方が質的に高まることも期待できます。

 

3 数学の美しさを実感する

 作成するだけでなく、出来上がったモデルを活用して座標空間における点の座標や、各平面に関する対称点の説明など、様々な問題のイメージ化に役立てることができます。また,発展教材として、長方形の縦横比が黄金比のとき、各頂点を結んでできる立体が正20面体になることを示すなど、数学の美しさを実感できる教材となる可能性も秘めています。

 

授業の展開例

 空間座標を作りながら,空間における結合公理を確認する展開

 左図のように2つの長方形(平面)を結合させると1つの直線が生まれます。また,この図形を横から見ると,長方形2つの頂点から辺(直線)ができているので、左図の右側のように、2つの直線が1つの点を生み出しているとも見えます。

 

 次に,2枚の長方形を右図左のように結合します。そして、残ったもう1枚の長方形を切れ目の具合を考慮して、3つの平面が1点で交わるように組み込みます(ここが難しいが面白いところ)。

 それぞれ2つの平面が作る直線をマッチの軸で x軸、y 軸z 軸と印をつけます。すると平面は、2つの軸(直線)によって作られていると見ることができるので、x軸、y 軸で作られる平面をxy平面、y軸、z軸で作られる平面をyz平面、z軸、x軸で作られる平面をzx平面と名付けます。

また、右図において3点(ABDやBCDなど)によって1つの平面ができることも追加しておきます。

 さて、上記の文章で赤文字で記した6か所の部分は以下のようにまとめることができます。

①2つの平面は1つの直線を決定する

②同一点を通る2直線は1つの平面を決定する

③同一平面上にある2つの直線は1つの点を決定する

④2つの点は1つの直線を決定する

④3つの平面は1つの直線を決定する

⑤同一点を通る2つの直線はただ1つの平面を決定する

⑥3つの点は1つの平面を決定する

(※2つの平面や直線が平行な場合は除く。あるいは無限遠で交わると見る)

 上の①~⑥は空間における結合公理と呼ばれるものです。

この公理において「点」と「平面」という言葉を置き換え、それに伴って「上にある」と「通る」を適宜置き換えてみるともとと同じ公理になります。これを空間における双対の原理といいます。

【補足】

特に3枚目の長方形を挿入する場面で個々の生徒の作業に時間差が生じます。空間における結合公理と双対の原理は、教科書の内容を越えるものですが、空間座標を作成する過程で生徒の知的好奇心を刺激することと、作業に意味を持たせるためにも、触れてみたい内容と思い取り上げました。尚、マッチの軸には木工用ボンドを軽くつければすぐ接着されます。

空間座標に点をとろう

 出来上がったモデルを使って基本事項を調べます。

<例> まち針を使って点 をとってみよう

 右図のように、A(1,2,3)という座標で表される点を、まち針を刺して表現します。さらに、Aのxy平面、yz平面、zx平面のそれぞれに対称な点の座標は何になるかなどを考えてもらいます。

【補足】

 出来上がった座標空間を見ると,8つの象限に分かれていることが理解できます。平面に関する対称点をイメージするには非常に有効な教具ではないかと思います。いくつかの点を指導者が指定して生徒に取らせたり、2点間の距離や分点の座標を考えさせたりする活動も考えられますね。なお、まち針は場合によっては危険なので、指導は注意が必要です。

応用・発展問題

 名刺の縦横の長さが下の図(左)のように次のようになっているとします(このような長方形を黄金長方形と呼びます)。このとき、2点A,B間の距離は下図(右)のように求めることができます。


 長方形の12個の頂点から近いものどうしの2点をすべて結ぶとどのような図形が生じるでしょうか。下図を見ると、OABD型の四面体が8個、OBCD型の四面体が12個できることがわかります。今、△ABDは①の結果より1辺が2の正三角形なの△ABD≡△BCD です。すると、得られる図形は正20面体であることがわかります。

上の正20面体の体積を求めてみましょう。四面体OBCDの体積を20倍すればいいですね。下図の左に解をあげておきます。

【補足】

 ちなみに、長方形が黄金比になっていない場合は四面体OABCと四面体OBCDは合同ではないので、正20面体にはならなりません。この場合、体積を求めるのはややしんどいですね。そこで、行列式を用いて体積を求める方法も追記しておきます。

 四面体OABCの体積は3つの基底ベクトル を求めて3次の行列式を用いれば一発です。下図右を参照してください。

 なお、対角線の長さが一定の長方形(名刺)に対して、体積が最大になる立体図形は縦横が黄金比のときであり、そのとき正20面体になるという問題が2002年東大の後期に出題されています。当時、私の勤務校での最難関大対象者への「入魂の朝課外」で扱ったことがあります。そのときのテキスト以下のPDFファイルです。

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「入魂の朝課外/2002東大後期の問題に挑戦」
2002東大後期.pdf
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