共通テスト数学Ⅰ・Aを解いてみて

大学入試共通テストの数学Ⅰ・Aの評判がすこぶるよくないようです。計算量が多く、時間内に完答するのは至難の技とのこと。それで、私もようやくというか、遅きに失しているわけではありますが、先ほど問題を解いてみました。なるほど~。聞きしに勝る面倒さ。告白するとわたしゃあ60分で解けませんでした。しかも、電卓を叩くという反則も犯しちゃいました。それでも満点いけませんでした。

 

解いてみて頭に浮かんだのは、アップル社CEOのティムクックが、MITの卒業式で語った言葉です。「私はコンピューターが人間のような思考することなんて恐れない。それより、人間がコンピューターのようにふるまうことのほうが恐ろしい」というやつ。

 

AIが人間に取って代わられるといわれて久しいですが、どうやら今回の問題が意図したのは、人間がAIに取って代わろうという挑戦なのかもしれません(笑)。なぜって、ここで求められる能力は、例示された解き方を理解し、それと同様のテイストで後続に展開される拡張された設問に忠実にリフレインさせる力、面倒な四則計算をうんざりせずに黙々と正確にやりこなす力、などのように思えるからです。これを「一般化・抽象化する応用力」「やりきる力・グリッド」いわれれば、私はひたすら「とほほ」なわけですが。

 

ただ、この問題から(歯を食いしばって)私がポジティブなメッセージとして受け取ったのは次のことです。

  • グラフ描画ソフトなどを授業で活用せよ
  • 過去問演習にひたすら時間をかけるとか、「これは出る」などといった「対策型」授業はやめませんか
  • 日本が世界に誇る「算盤」を復活させ暗算力を強化しよう(いや、これってポジティブかな?)

恐らく(好意的に見ると)大学入学共通テストから今の授業を変革させるという思いがあるのかもしれませんね。

では、以下に、私の解答からちょっとだけエピソードを紹介したいと思います。

第2問[2] データ分析より

第2問の[2]のデータ分析の問題では、「日本国外における日本語教育の状況」がテーマになっています。私はこのトピックスを取り上げることについては、数学という観点を超えて価値を感じます。ですが、数学の問題としてはちょっとなんだかなあとも思うのです。

以前、ニュージーランドに行ったとき、数学(マスマティックス)と統計学(スタティスティックス)が教科として分けられていたことを知り、ちょっとした驚きを覚えました。

もちろん統計学においては、数学的理論が裏にあるわけです。しかし、それをもとに実際に多くのデータを処理するためには電卓やパソコンを使うことを前提にしないと、正当な分析を行うことができません。つまり、たくさんのデータを扱う上で、根拠となる理論は数学に委ねるにしても、それをもとに実際にデータを分析するには、パソコンを手元に置いてその結果を見ながら考察を加えていくということが普通なのではないかと思うのですね。だから、ここで、分散や標準偏差や相関係数などを求めるための四則計算ができるかどうかという計算力は本質ではなく、そういうものこそ機械とかの道具にまかせましょうということなのだと思います。道具を使いこなして課題を解決するというのもコンピテンシーのひとつということです。

 

さて、ひとしきりそんなことをつぶやいてみたのですが、上の問題を見てください。ここではSとTという変量の説明を、具体例も交えつつページを割いています。しかし、与えられた問題は、SとTの相関係数を求めよというものです。しかもそれぞれの標準偏差と共分散が最後の表に与えられているので、単に735.3÷(39.3×29.9)の計算をすればよいという話です。各国の日本語指導の教員と学習者の状況について感情移入していた私は一気に脱力。

 

この問題を見て私が素直に思ったのは、共通テストでCBT(computer based testing) の実現は厳しいといわれていますが、それならばせめて、試験室の各机に100均の電卓を埋め込んでおいて欲しいということでした。データ分析において、今後このような問題が出続けるのであればぜひお願いしたいものです。いやいや、もちろん冗談ですよ。

ちなみに私は次のように解きました。

もう約分はできないので、あとはガッツで割り算をするわけですが、私は嫌だったので間違いを承知で次のように計算しました。

131×299を130×300にしたわけです。つまり、掛けられる数を1減らす代わりに掛ける数を1つ増やせば、だいたいチャラになるかなあということです。小数点以下第3位を四捨五入すると0.63なのでありがたいことに正解でした。もちろん、これが有効かどうかは誤差の評価をしなければなりませんが、時間と正確さを天秤にかけてギャンブルしました。

そもそもこの問題は「おおよその傾向をつかむ」という、ちょっと数学的にロジックを展開する方向と異なるような建付けになっているように思えたので、私の頭によぎったのはこのくらいのアバウトさは許容してくれるかもという、作題者への信頼でした。

オマケの話として「箱ひげ図」の話をしておきます。箱ひげ図は、データの性質を「最大値・最小値・中央値・第一四分位数・第三四分位数」の「5数要約」したものにすぎず、一定の傾向はわかるとはいえ、それ以上のものはではなく、むしろ様々な誤解を生む危険性もあると私は認識しています。せっかく「平均と分散」という統計量を用いた統計解析の手法が、長い歴史の中で先人たちによって編み出されているのですから、箱ひげ図よりそちらに力点を置く方がいいのではと思います。

 

もう一ついうと、今回の問題は、データの個数が29個で、4で割ると1余る数なので、中央値は15番目のデータですが、第一四分位数は7番目と8番目の相加平均、第三四分位数は22番目と23番目の相加平均によって決定されます。ここで、データの個数が1個増えて30個になると、中央値は15番目と16番目の相加平均、第一四分位数は8番目、第三四分位数は23番目のデータとなります。更にまたデータが1個増えて31個なら、中央値は16番目と・・・という具合に、データの個数が4の剰余によって、中央値、四分位数の求め方が違ってくるのです。これが学習指導要領で定義された文科省ルールです。

しかし、実社会において、いちいちデータを4による剰余で場合分けをして考えるなんてことはしませんね。ちなみにエクセルのパーセンタイル関数では、データの個数が29個の場合は、7番目と8番目の値を1:3に重みをつけた値を返すという仕組みになっています。この考え方だと、数直線において分点の座標を求める考え方と同じなので、いちいち、4で割って・・なんてことをしなくても求められるし、更に言うと、いつでも第nm分位数が一つの方法で確定されるわけです。つまり、教科書で学ぶ手法は、実社会では使われないものになっているわけですね。

 

別に共通テストの作題者に喧嘩を売るつもりは全くないのですが、新しいものを良きものにするために必要なのは、ただ追従するイエスマンの存在や忖度の文化ではないと私は思います。そうではなく、それを乗り越えるために現場教師や生徒たちが批判的な視座を持って声をあげていくことも必要ではないでしょうか。そういう意味で、今回の共通テスト(数学ⅠA)の問題を概観したとき、現場の生徒の方を向いて作題されているのかなあと、私は少々疑問をいだきました。

学力とは、知識技能に偏るのではなく、実生活の自然現象や社会現象などの事象をモデル化、数学化するプロセスなども含むといわれます。私も同意します。でも、そうであれば、それは教科書や試験の中だけでしか通用しない統計のルールを作ったり、機械が処理すべき単純計算を何度も強いたり、太郎さん花子さんがある種のアーティフィッシャルな「対話」で生徒を「誘導」するような出題をしたり・・という方向ではないように思うのです。

第3問(確率)(2)以降

第3問は確率の問題で、プレゼント交換の話題ですが、数学の先生なら「ああ完全順列の問題だな」と気づくと思います。(1)は簡単なので、(2)の[スセ]以降についての話をしたいと思います。完全順列とは、並べ替えたときにもとの列のどの箇所とも一致しないような並べ方のことで、その総数をモンモール数といいます。つまりこの問題はn=4のときのモンモール数の求め方を示し、そのエッセンスを使って、n=5の場合のモンモール数を求めさせようという問題でした。

さて、これを求める方法として次の3つが考えられます。

  • 漸化式で考える(今回の問題の流れですね)
  • 樹形図を描く(n≧5の場合はしんどい)
  • 包除原理で解く

私は、作題者には申し訳ないけれど、時間がなかったため、誘導に乗らずに3つ目の方法で、全部が元の場所にいかないような置換の総数(モンモール数)を最初に求めちゃいました。私はこの方法を「足しすぎ引きすぎ原理」と言っています。ちなみに、昨年の11月末にブログ「いけおじ通信」にこのことを書いています。「ちょっと面白い順列の授業」の最後の方にあるSTEP7です。ぜひご覧ください。

では実際に求めてみましょう。n=4の場合は次のようになります。

すなわち [スセ]=24-9=15になり、確率(ソタ)は9/24=3/8になりますね。

n=5については、n=4からの漸化式的な考え方で求めていくのが本来の解き方ですが、もうここは突っ走っちゃいましょう。

つまり確率は44/120=11/30となりますね。

最後の条件付き確率は、「4人がバラバラ」という条件の下で、「その会が終了する」ということです。すると、分母は「4人バラバラ」の状態ということなので、「4人だけがばらばら」+「5人ともバラバラ」=9+44=53となります。

分子は「その会が終了する」=「5人ともバラバラ」=44となるので、求める確率は44/53となりますね。

第4問(整数)

第4問の整数問題ですが、誘導に乗っかっていって、そのやり方を踏襲して応用に進むという、今回のほぼすべての問題にみられるパターンを踏襲しています。ですが、単純に数がめっちゃ大きくなり辟易します。

(1)のアイウは、625=16×39+1とすればお終いなのですが、あえて少し補足をしておきます。①の式は、

 となりますが、ここで回答欄を注目します。

xは1桁の整数です。つまり、最悪xに1から順に数を入れていってもできるということです。さらに言うと、yは2桁の整数なので、左辺はいくら大きくても1600より小さいので、xは1か2しか考えられないことになります。つまり、このような整数に関する問題は、答えから帰納的に類推することが可能であるということです。こういった十分性を担保しないような解法も悲しいかな過去のセンター試験や今の共通テストに対応するスペシャルな術になっちゃっているわけです。それを類推力とか、アブダクティブな推論と言って、それも立派な数学だといってしまえばそれまでですが、まあ、ミもフタもなく脱力ではあります。

ちょっと脱線しますが、確か2013年だったかのセンター試験に次のような問題がありました。

3元連立の指数方程式を、3次方程式の解と係数の関係を経由して求めていく何とも高度な手法です。しかし、結論を見ると、

x,y,z は整数になっているので、上の問題文の■の方程式を満たす解は簡単に類推できます!もっといえば、問題文の★を良く見ると何とX=1/2が与えられているではありませんか! ここから、x=-1 がわかり、■部分の2番目の式から瞬時にy=0と

z=4 がユニークに決定します。これから逆にたどれば、この問題はほぼ1分程度で終了します。

まるで、推理小説で、有能な探偵が状況証拠から論理を組み立てて犯人を特定しようとしている時に、犯人がいきなり自供してしまったようなものですね。

私は、かつて「あなたと夜と数学と」というブログにこのことを書きました。そのときは、ヒューリスティックス(heuristic)という視点で捉えてまとめました。このホームページの「図書室」の数学関係②にありますので良かったらご覧ください。

 

 

 

では、もとの問題に戻ります。先ほども述べましたが、今回の不定方程式の問題は確かに与えられるアルゴリズムに素直に従って手順を追いかけていけば、解に辿り着くことができると思います。でも私は何か考える自由を奪われた解法マシンに化しているようにも感じました。しかも、最後の肝心の答えを出力する場面で、計算力がポンコツな私は青息吐息でダウンという轍を踏みました。

例えば、最後のこの問題を見てみましょう。誘導に従ってめでたく x=19 をゲットしましたが、問題はyですね。

という式を約分すれば完了で、答えは手の内にあるわけですが、ここから受験生はどうやったのでしょうか。彼らは時間との勝負をしてるので、ここまできてやむなくギブするか、または時間を費やして計算ミスをするという悲劇に陥った方もいるのではないかと推測します。

私は時間にこだわらなかったので、これをいかに簡単にできるかということを少しだけ考えました。それは、yが整数なので、分母を分子で割り切ってしまえば少しは楽になるだろうということです。このようなことを工夫して考える時間は自分の中では数学をしているなあと感じるときでもあります。あまりうまくいきませんでしたが、以下のような流れで考えました。

これでも私には相当にきついのですが、11のべきは計算しやすく、11の4乗までは繰り上がりがないのでパスカルの三角形で考えればいいのがポイントの一つですね。


以上、些細なことですが今朝起きて今回の問題をやってみて気づいたことを私なりにまとめてみました。

長文にお付き合いくださりありがとうございます。